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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)139号 判決

原告ら選定当事者

鈴木勝信

選定者(原告)

佐藤浩子

明石紀久男

武藤有子

佐野恵美

被告

神山好市

桜井英秋

右被告ら訴訟代理人弁護士

山下一雄

主文

一  本件訴えのうち、被告桜井英秋に対する訴えをいずれも却下する。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの請求

一  被告神山好市(以下「被告神山」という。)は、東京都中野区(以下「中野区」という。)に対し、金九万円を支払え。

二  被告桜井英秋(以下「被告桜井」という。)は、中野区に対し、金三六万五〇〇〇円を支払え。

第二  事案の概要

本件は、中野区長(以下「区長」という。)である被告神山が区長に係る交際費(以下「区長交際費」という。)を、中野区議会(以下「区議会」という。)議長である被告桜井が議長に係る交際費(以下「議長交際費」という。)をそれぞれ違法に支出したとする原告らが、被告らに対し、地方自治法(以下「自治法」という。)二四二条の二第一項四号に基づき、中野区に代位して、それぞれ右支出相当額の損害賠償を請求している住民訴訟事件である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  原告らは、いずれも中野区の住民である。被告神山は区長であり、被告桜井は区議会議長である。

2  区長交際費から、北方領土返還運動賛助金として平成五年二月二五日に二万円、同年四月一六日に三万円、同年八月二日に一万円の計三回、合計六万円(以下「本件賛助金」という。)が、議会運営委員会視察に伴う会議経費として同年九月六日に三万円(以下「本件会議経費」という。)がそれぞれ支出された(以下、本件賛助金及び本件会議経費の支出を合わせて「本件支出」という。)。

3  議長交際費から、区議会の会派への会派視察に伴う寸志及び贈答品代等として平成五年二月一九日から同年七月二〇日までの間に合計九万円が、区議会の委員会及び海外派遣議員団への懇談時経費、餞別として同年八月二七日から同年一〇月一九日までの間に合計二三万円が、議員クラブへの活動寸志として同年四月一日及び同月一九日に各一万円ずつ合計二万円が、北方領土返還運動賛助金として同年八月二日に一万円、同年九月二八日に一万五〇〇〇円の合計二万五〇〇〇円がそれぞれ支出された。

4  原告らは、平成六年二月一八日、本件支出につき、監査請求を行い、原告鈴木勝信、同明石紀久男、同武藤有子及び同佐野恵美は、同日、議長交際費に係る支出につき、監査請求を行った。中野区監査委員は、同年四月一五日付けで、右各監査請求を棄却する旨の監査結果を出した。

二  争点

被告桜井は、同人は自治法二四二条の二第一項四号に規定する「当該職員」に該当せず、また、原告佐藤浩子は監査請求を経ていないとして、被告桜井に対する訴えの却下を求め、被告神山は、本件支出は違法ではなく、同人は本件支出に直接関与していないとして、同人に対する原告らの請求の棄却を求めている。本件の争点及びこれに関する当事者双方の主張の要旨は、次のとおりである。

1  被告桜井に対する訴えの適法性について

(一) 原告らの主張

議長交際費は、区議会議長が支出するものであり、区議会事務局は、庶務あるいは事務を行うものにすぎず、交際費支出の相手方を実質的に決定しているのが区議会議長であることは明らかである。

(二) 被告桜井の主張

(1) 自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」とは、当該訴訟において問題とされている財務会計上の行為を行う権限を本来的に有するとされている者及びその者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者をいうところ、区議会議長は、議長交際費の支出をする権限を何ら有していない者である。

すなわち、地方公共団体の議会の議長は、議会の事務の統理権、議会の庶務に関する事務局長等に対する指揮監督権を有するものの、予算の執行権は地方公共団体の長に専属し、現金の出納保管等の会計事務は出納長又は収入役の権限とされており、議会の議長は、これらの権限を有せず、地方公共団体の長が支出負担行為等予算執行に関する事務の権限を委任する相手方として予定されていない。現に、区議会に係る支出命令に関する事務の受任者は区議会事務局次長であり(中野区会計事務規則五条一項及び別表第一)、また、議長交際費の支出は資金前渡の方法で行われており、資金前渡の方法における支出負担行為は資金前渡を受けた者の権限であるところ、区議会事務局に係る右資金前渡を受けるのは議会事務局次長である(同規則七九条一項一六号及び二条四号)。そして、それ以外の者が右各権限の委任を受ける旨の規定は存在しない。さらに、区議会議長の交際費の支出手続に照らしても、区議会議長が交際費の支出に関し、支出負担行為等の財務会計上の行為をする権限を有しているというような根拠はない。

したがって、被告桜井は、自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当せず、被告桜井に対する訴えは、住民訴訟の類型に該当しない不適法な訴えである。

(2) 原告佐藤浩子の被告桜井に対する訴えは、自治法二四二条に規定する監査請求を経ていないから、同法二四二条の二第一項の監査請求前置の要件を満たしていない。

2  被告神山に対する請求について

(一) 原告らの主張

(1) 本件賛助金は、北方領土返還運動に対する賛助金として政治結社に対して支出されたものであり、その支出は違法である。

被告神山は、北方領土の返還は国民共通の願いであり、その運動の趣旨に賛同して、本件賛助金の支出をしたものであるから、違法ではない旨主張するようであるが、地方公共団体が国民共通の願いの名目のもとに、地方公共団体の利益のために運用されるべき公金を支出することは許されないというべきであり、こうした政治運動、政治理念等が地方公共団体の長のそれと一致していたとしても、それは個人の支出によってまかなわれるべきものである。また、本件賛助金は、その支出先である政治結社が、中野区以外の遠方に存在し、その運動内容、実態についても明らかではないにもかかわらず、極めて杜撰な手続で支出されているのであり、その支出が違法であることは明らかである。

(2) 本件会議経費は、結局、区議会ないしその議員に対する区長交際費として支出されたものであるが、同一地方公共団体内における区長と区議会ないしその議員との関係は、当該地方公共団体の利益のために交際費を支出するような対外関係にはなく、本件会議費が議員工作費、議会対策費の類のものであることは明らかである。

(3) 被告神山は、本件支出が総務課長の判断によってなされたものであり、自らは直接関与していない旨主張するが、本件支出が総務課長限りで判断される定例的なものということはできず、また、被告神山は、昭和六一年から区長に就任したものであるから、本件支出について全く知らなかったとは到底考えられない。

(二) 被告神山の主張

(1) 中野区における区長交際費は、資金前渡の方法により処理されており、資金前渡受者は、区長交際費を所管する総務課の長である総務課長である(中野区会計事務規則七九条一項一六号及び二条四号)ところ、総務課長は、一か月ごとにその月分の支出予定金額に相当する現金の前渡を受けてこれを管理し、必要に応じて支出し、一か月経過後に資金前渡・概算払清算票を作成して清算している。

資金前渡受者は、前記のとおり、前渡を受けた金額の範囲内で支出負担行為をする権限を有することから、総務課長が、個々具体的に交際費を支出することに交際費支払伝票を作成して支出負担行為をしている。また、区長交際費の支出に係る支出命令の権限は、総務課長に委任されており(中野区会計事務規則五条一項及び別表第一)、総務課長は、個々具体的に交際費を支出することに支出負担行為と同時に支出命令を行っている。

そして、具体的な区長交際費の使途は、区政運営費、慶弔関係費、その他のものに大別できるところ、その支出の要否及び支出金額の決定は、定例的な事案については、総務課長が判断し、定例的でない事案については、区長が判断することとされている(中野区事案決定規程四条一項及び別表)が、北方領土返還運動賛助金及び区議会議員運営委員会の視察に伴う会議経費の支出については、従来から交際費として支出していた経緯もあるため、定例的なものとして総務課長限りの判断で処理されており、被告神山はこれに全く関与していない。

(2) 地方公共団体も実在する一個の社会活動の主体として、社会通念上相当と認められる範囲の交際をすることは許されており、その交際の内容、程度等をどのようなものにするかは、当該地方公共団体の裁量にゆだねられている。そして、その裁量の範囲は交際費の支出という性質上、他の支出に比して極めて広範なものであるというべきである。

(3) 北方領土の返還については、平成二年一二月に区議会において「北方領土の返還に関する意見書」が全会一致で採択された経緯があるほか、中野区は、東京都、中野区を含む特別区、同都市町村その他の団体等を構成員とする「北方領土の返還を求める都民会議」に参加しており、また、国からは「北方領土の日」における北方領土問題に対する国民世論も啓発促進に関する協力依頼もなされているところである。したがって、中野区としては、北方領土の返還は国民的な願いであり、これを推進することが、区議会における意見書の採択の趣旨にもそうものであると思慮し、本件賛助金の支出をしたものである。そして、総務課長は、賛助金の申出があった場合には、趣意書の提出を求め、申出人と面談するなどして支出の要否について調査した上、本件賛助金を支出しており、その額も社会通念上相当なものといえるものであるから、本件賛助金の支出は何ら違法なものではない。

(4) 地方公共団体の議会と執行機関は、同じ地方公共団体の内部機関であるが、双方に一定の独立した権限が与えられ、相互に牽制し、補完し合うことにより、民主的で効率的な自治を行わしめる制度となっている。この意味で、議会と執行機関である長とは、不即不離の良好な緊張関係を維持しつつ、相互に協力し合うことを求められているのであり、純然たる内部関係とは趣を異にし、一種の対外関係ともいうべき性格を有している。

議会運営委員会は、議会活動全般、特に本会議の運営を円滑ならしめるため常設される委員会であり、区長が執行機関として区政を円滑に運営するためには、区議会が円滑に運営されることが欠かせない事柄である。そのため、議会運営委員会が他の地方公共団体における議会運営を視察するに際し、議会運営委員会の委員と視察先の議会関係者との懇談時の経費等に使われる本件会議経費を支出することは、その支出金額を勘案しても、区議会と区長との良好な関係を醸成し、また、対外関係に準じた儀礼的なものとして社会通念上許容されるものであり、違法ではないというべきである。

第三  争点に対する判断

一  争点1(被告桜井に対する訴えの適法性)について

1 本件訴えは、自治法二四二条の二第一項四号所定の代位請求住民訴訟の一類型である「当該職員」に対する損害賠償請求として提起されたものであるところ、住民訴訟が自己の法律上の利益にかかわらない資格で法律により特に提起することが認められている民衆訴訟(行政事件訴訟法五条)の一種であり、民衆訴訟は、法律に定める場合において、法律に定める者に限り提起することができるものである(同法四二条)ことにかんがみれば、右「当該職員」に該当しない者を被告とする訴えは、住民訴訟の類型に該当しない不適法なものと解さざるを得ないこととなる。

そして、右「当該職員」とは、住民訴訟制度が自治法二四二条一項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防又は是正しもって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものと解されることからすると、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為をする権限を法令上本来的に有するものとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味し、その反面およそ右のような権限を有する地位ないし職にあると認められない者はこれに該当しないと解するのが相当である。

2  そこで、議長交際費の支出につき、区議会議長が何らかの権限を有するか否かについて検討する。

自治法の規定によれば、地方公共団体の議会の議長は、議会の事務の統理権(同法一〇四条)、議会の庶務に関する事務局長等に対する指揮監督権(同法一三八条七項)を有するものの、予算の執行権は地方公共団体の長に専属し(同法一四九条二号)、また、現金の出納保管等の会計事務は出納長又は収入役の権限とされている(同法一七〇条一項、二項)から、一般に議会の議長の統理する事務には予算の執行に関する事務及び現金の出納保管等の会計事務は含まれておらず、議会の議長は、本来的にかかる事務を行う権限を有していないものといわざるを得ない。

もっとも、地方公共団体の長は、その権限に属する事務の一部を当該地方公共団体の吏員に委任することができる(同法一五三条一項)が、議会の議長は、その地位にかんがみると、かかる権限の委任を受け得る相手方としては予定されていないというべきである。現に、中野区会計事務規則等の関係規定上、区議会議長に対し、区長の予算執行に関する事務ないし収入役の会計事務の権限を委任する旨の規定は見当たらない。

そして、区議会の議会事務局は、区議会の庶務を担当する部局として設けられているものであるが、乙一号証によれば、中野区会計事務規則五条一項及び別表第一は、区議会事務局に属する収入の通知及び支出の命令に関する事務は、事務局次長に委任する旨規定している。また、議長交際費の支出手続についてみると、乙三ないし七号証及び弁論の全趣旨によれば、議長交際費の支出は、資金前渡の方法により行われており、区議会事務局次長が、毎月初めにその月分の必要額について支出負担行為票兼支出命令票を作成し、収入役から右金員の支払を受け、自ら資金前渡受者として現金を受領、保管し、具体的な必要に応じて必要額を支払い又は使用する者に交付し、これに関し現金出納票を作成するというものであり、右のような支出手続に照らしても、区議会議長が交際費の支出に関し、支出命令等の財務会計上の行為をする権限を有していると解すべき根拠は見当たらない。

原告らは、議長交際費の支出の相手方は実質的に区議会議長が決定しており、その支出は区議会議長が行っている旨主張するが、仮に、区議会議長が、区議会の事務の統理権や区議会の庶務に関する事務局長等に対する指揮監督権に基づき、交際費の支出につき何らかの関与をしていることがあるとしても、これを本来地方公共団体の長に専属するものとされている予算執行に関する事務の権限の行使として行われるべき財務会計上の行為と同視することはできないというべきである。そして、前示のとおり、住民訴訟の目的からすれば、自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」とは、問題とされる財務会計上の行為をする権限を本来的に有するものとされている者及びその権限の委任を受けるなどした者を意味するのであり、単に、区議会議長に係る交際費であるというだけで、区議会議長がその支出につき、当然に何らかの財務会計上の権限を有するとはいえないことは明らかである。したがって、原告らの主張は採用できない。

3  以上によれば、被告桜井は、本訴において原告らが違法であると主張している議長交際費の支出をする権限を何ら有しないものであり、自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当しないというべきであるから、被告桜井に対する訴えは、住民訴訟の類型に該当しない不適法な訴えといわざるを得ない。

二  争点2(被告神山に対する請求)について

1  前記当事者間に争いのない事実に加え、証拠(証人保々雄次郎の証言、甲一号証の二及び三、二号証の八、三号証、乙一号証、四号証ないし一三号証)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 中野区における区長交際費は、いわゆる資金前渡の方法により処理されており、資金前渡受者である総務課長は、一か月ごとにその月分の支出予定金額に相当する現金の前渡を受けてこれを管理し、必要に応じて支出をし、一か月経過後に資金前渡・概算払精算票を作成して清算している。

具体的な区長交際費の支出の要否及び支出金額の決定は、定例的な事案については、総務課長が判断し、定例的でない事案については、区長が判断することとされている(中野区事案決定規程四条一項及び別表)ところ、北方領土返還運動に関する賛助金は昭和五八年度から、議会運営委員会の視察に際しての会議経費は昭和五四年度から支出されてきており、本件賛助金及び本件会議経費も慣例化した定例的なものとして総務課長の判断により支出された。

(二) 中野区においては、平成二年一二月、区議会において、北方領土の返還は国民共通の悲願であり、政府に対して北方領土問題の解決を含む日ソ関係改善実現の努力を求める旨の「北方領土の返還に関する意見書」が全会一致で採択されており、また、中野区は、東京都、中野区を含む特別区、同都市町村その他の団体等を構成員とする「北方領土の返還を求める都民会議」に参加している。そして、国からは「北方領土の日」における北方領土問題に対する国民世論の啓発促進に関する協力依頼もなされている。これらのことから、中野区においては、北方領土の返還は国民的な願いであるとし、これを推進することが、区議会における意見書の採択の趣旨にもそうものであると考え、従来から北方領土返還運動に関する賛助金を区長交際費から支出していた。

総務課長が、右のような賛助金の支出の要否及び支出金額を判断するに当たっては、賛助金の申出人に対して趣意書の提出を求め、申出人と面談するなどして支出の要否について調査した上、賛助金の申出額や前年度の支出金額等を勘案して支出金額を決定していたところ、本件賛助金の支出に当たっても、趣意書や申出人との面談による調査が行われた。なお、本件賛助金の支出先は、中野区外の遠隔地にその本拠を有する政治結社と称する団体であった。

(三) 議会運営委員会は、議会活動全般、特に本会議の運営を円滑ならしめるために常設され、区議会の各会派を代表する議員で構成される委員会であるところ、本件会議経費は、議会運営委員会が他の地方公共団体における議会運営を視察する際に、餞別の趣旨で、視察先の議会関係者との懇談時の経費等に使われる経費として支出されたものである。

(四) 中野区においては、本件賛助金と同趣旨の賛助金については、支出先の政治団体が遠隔地にあり、その活動実態を把握し難いことなどもあって、平成五年八月中旬以降、これを支出しないこととし、また、本件会議経費と同様の議会運営委員会の視察に伴う会議経費も、平成六年度以降は支出しないこととされた。

2 ところで、地方公共団体も、実在する一つの社会活動の主体として、外部の者との間で社会通念上相当と認められる範囲内の交際をすることが許されているというべきであり、その交際の内容、程度等をどのようなものとするかについては、基本的には当該地方公共団体の裁量にゆだねられているものと解すべきである。したがって、そうした交際に伴ってなされる公金の支出についても、その目的、金額等から社会通念上容認できないようなものであり、当該事務の担当者がその権限を逸脱濫用してその支出をしたと認められるような場合には違法とされるが、そうでない場合には、違法とはされないというべきである。

3 本件賛助金については、前記のとおり、北方領土の返還運動が区政の方針や国の要請等にも合致することから、北方領土返還運動を行う団体に対して賛助金を支出したこと、右賛助金の支出及び金額の決定に当たっては、総務課長が、趣意書の提出や申出人との面談等の調査を行うなどした上で判断したこと、本件賛助金の金額は、一団体当たり一万円から三万円の範囲内であることが認められ、北方領土の返還運動への賛助という目的自体やその支出金額等に照らしても、その支出が社会通念上相当と認められる範囲を超えたものであるとまで断定することはできないものといわざるを得ない。

原告らは、北方領土返還運動のような政治運動に対する賛助は、個人の負担によってまかなわれるべきものである旨主張するかのようであるが、区政の方針にそった運動に対する賛助については、区政の円滑な運営や維持発展に資するものとして、それが社会通念上相当な範囲内であれば、公金によってこれを支出することも許容されているというべきであり、この点についての原告らの主張は採用できない。

もっとも、本件賛助金が、中野区外の遠隔地に本拠を有する政治結社と称する団体に支払われており、その支出が、特定の政治団体の運動を中野区の公金によって援助するという一面をも有することは否定し難いことを考慮すれば、その支出は慎重にされることが望まれるところであり、単に、その運動自体の趣旨が区政方針等にそうものであるか否かという観点だけではなく、当該団体の具体的活動方針や具体的活動内容を調査した上、それが、区政の方針や考え方にそうものであるか否か、当該団体に賛助金を支出することによる影響がどのようなものかなどを慎重に検討した上で、その支出の是非を決することが望ましいことはいうまでもない。本件賛助金の支出に当たっては、趣意書及び賛助金の申出人との面談による当該団体の活動方針や活動内容の調査が行われているところではあるが、そうした調査方法自体必ずしも客観的な活動方針や活動内容を十分に確認し得ないおそれがあるものであり、その調査等が十分でないとの非難もなし得ないわけではない。

しかしながら、本件賛助金の支出に当たっては、一応調査がなされており、また、その支出金額と調査を行うための労力、経費等とを勘案すれば、その調査方法が必ずしも十分なものでないとしても、このことをもって、本件賛助金の支出が社会通念上相当と認められる範囲を超え、裁量権を逸脱濫用した違法な公金の支出であるとまではいえないといわざるを得ない。

したがって、本件賛助金の支出は、これが必ずしも相当ではなかったとはいい得る余地があるとしても(現に、中野区においては、平成五年八月以降、このような賛助金を支出していない。)、これを違法であるとまで断定することはできないものといわざるを得ない。

4 地方公共団体の議会と執行機関とは、自治法に定められた各種権限を行使することにより、相互に牽制し合う立場にあるが、その間の円滑な意思疎通を図ること自体は、行政の適正円滑な運営を期するために支出される交際費の目的を逸脱するものではなく、議会に対する交際費の支出が、その内容、金額等に照らして、議会と執行機関との適正な牽制関係を阻害しない程度の社会通念上相当な範囲内の支出にとどまる場合にまで、一切許容できないものとはいえないというべきである。また、地方公共団体の議会と執行機関とは、同じ地方公共団体の内部機関ではあるが、右のとおり、両者は、相互に牽制し合う立場にあり、良好な緊張関係を維持しつつ、その間の円滑な意思疎通を図ることが必要とされるのであって、その限度で一種の対外的関係にあるということもできるのであるから、その間の交際費の支出が一切許されないともいえないというべきである。

前記認定のとおり、本件会議経費は、区議会の議会運営委員会の視察の際に視察先の議会関係者との懇談時の経費等として使用されるものとして、視察に際しての餞別の意味で三万円が支出されたものであり、その目的、金額等に照らせば、これをもって、直ちに区議会ないし議員の有する区長に対する適正な牽制関係を阻害する結果を生ずるようなものということはできず、本件会議経費の支出が社会通念上相当な範囲を超える違法なものとまではいえないというべきである。

5  以上によれば、本件支出を違法な公金の支出ということまではできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの被告神山に対する請求は、理由がないものといわざるを得ない。

三  よって、本件訴えのうち、被告桜井に対する訴えは、不適法であるから、これをいずれも却下することとし、原告らのその余の請求は理由がないから、これをいずれも棄却することとする。

(裁判長裁判官秋山壽延 裁判官竹田光広 裁判官森田浩美は転補につき署名捺印できない。裁判長裁判官秋山壽延)

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